水中に沈む幻の香木「沈香」について【前編】

水中に沈む幻の香木 「沈香」 について【前編】

今回は「沈香」について解説させて頂きます。
その名の通り水に沈む香木、「じんこう」と読みます。
沈香についてはお話がとても長くなってしまうので前編・後編に分けて書かせて頂きます。

沈香とは?

沈香とは東南アジアの熱帯雨林で生育する沈丁花(じんちょうげ)科の香木です。
では通常、木は水に浮くものですが何故、沈香は沈むのでしょうか?
それは、何らかの要因で木に傷がついたり菌に感染すると木自身が自らの傷を癒すために樹液を分泌します。
長い時間をかけバクテリアなどが繁殖し、それらの働きによって樹脂の成分が変質し、素晴らしい芳香を放つ香木となります。
その樹脂の重さにより水に浮かず、沈んだ状態で見つかっていました。
自然の奇跡のような力で誕生するとても貴重な香木なのです。
沈香という名前は「沈水香木」ともいい、他の木に比べて比重が重いため「水に沈む」ということに由来しているものです。

沈香と聖徳太子

聖徳太子

日本書紀に以下の記述が残されています。
「推古三年夏四月、沈水、漂着於淡路嶋、其大一圍。嶋人、不知沈水、以交薪焼於竈。其烟氣遠薫、則異以献之。」
簡単に現代語に直しますと・・・

推古天皇3年(西暦595年)夏の4月。
淡路島に一本の木が漂着しました。島民たちはその木を普通の材木だと思い釜戸にくべました。
すると、その煙は類まれなる芳香を遠くまで放ち、島民たちを驚かせたのでした。

当時、貴重な物、不思議な物は神からの贈り物とされ朝廷に献上されていました。
例外なくこの香木も朝廷に献上され、当時活躍していた聖徳太子のもとに届けられたのでした。
聡明で仏教への信仰にも厚かった聖徳太子は、すぐさまこれを「これ沈水香となすものなり」と見抜き大いに喜び、その一部で観音像を彫らせたとも言われています。

日本における沈香の歴史は、聖徳太子により淡路島より始まったのです。
またこのことを裏付けるように、淡路島の歴史書「淡国通記」にも淡路島の南岸に香木が漂着したことが記されています。

香木伝来の地として、淡路島の「枯木神社」(かれきじんじゃ)では人間の体の大きさ程もある香木(枯木)をご神体として祀っています。

島民たちが火にくべるまで普通の材木だと思ったことからもわかるように、沈香では常温ではあまり香りません。
熱を与えることにより初めて芳香を放ちます。

沈香の種類

以前、白檀とは?どんな香り?どんな効果?でご紹介した白檀にも、ひとくちに白檀といっても様々な種類があり価値も同様に様々でした。
沈香も例外ではなく、全て貴重ではあるものの種類により芳香も価値も違います。

沈香は大きくわけて2種類と「伽羅」に分類されます。
産地により呼び方も香りも違います。

  • タニ沈香
  • シャム沈香
  • 伽羅

タニ沈香

主にインドネシア及びその周辺国であるブルネイ・マレーシア・パプアニューギニアなどから産出されます。
タニ沈香の「タニ」とはパタニ王国(マレー系)から来ているとされていますがこれも定かではないようです。漢字では太尼沈香と表記されることもあります。

タニ沈香の香り(以下、香りは全て主観で書かせて頂きます)

辛味、苦味が強いと言われがちですが、その中にも深く、重厚感のある甘味があります。
決して匂いがきついわけではありませんが、力強いイメージの香りです。
私は目を閉じると、格式の高い歴史あるお寺にいるような感覚になります。

シャム沈香

主にベトナム・タイ・ラオス・カンボジアで産出される沈香をシャム沈香と呼びます。
シャム沈香の「シャム」は昔のタイ王国をSiam(シャム)と呼んでいた事から、その地域の沈香を「シャム沈香」と呼ぶようになりました。

シャム沈香の香り

タニ沈香が辛味、苦味が強いと言われる反面、シャム沈香は甘味、酸味が強いとされています。
タニ沈香よりも、柔らかい甘味が優しく包み込むような香りです。
しかし甘味だけではなく、ほのかな苦味や辛味も複雑に混ざり合った芳香を放ちます。

伽羅

沈香の中でも最上品とされるのが「伽羅」(きゃら)です。
沈香というだけで高価なものですが、伽羅の価値は桁違い。
ベトナムの一部地域でのみ、長い年月をかけて生まれる沈香の更に樹脂分の多い芯から精製される非常に希少性の高い香木です。
名前の由来は「香木」を意味するのサンスクリット語「tagara」の略とする説と、黒沈香を意味する「kalaguru」とする二つの説があります。
古来よりその価値は、金に等しいとされ足利義政や織田信長など、名だたる武将がこぞって求めたとされています。
日本で最も有名な香木「蘭奢待」(らんじゃたい)も実は伽羅なのです。
蘭奢待についてはまた後日記事にさせて頂きます。

伽羅の香り

言葉ではとても言い表せないような幻想的な香りですが、伽羅も沈香も個体によって様々な香りを放つとされています。
私が香りを聞いた伽羅に限定しての感想になります。
強いて表すとすれば、非常に奥深く、濃厚で、重厚感のあるまろやかな何とも言えぬ香りです。
軽やかな甘味と上品さ、華やかさも兼ね備えており、偉人達が求めたことにも頷けます。

六国五味

沈香は主に上記の2種類と「伽羅」に分けられると記述致しましたが「六国五味」(りっこくごみ)という言葉があります。
沈香は地域や個体によって香りが異なりますが、見た目の差異が殆どありません。そのため香道では、数ある沈香の香りを細かく表現し、適宜ふさわしい香りを選び出すため、6つの国・地域と5つの味で香りを表すようになりました。

六国とは伽羅(きゃら)・羅国(らこく)・真那賀(まなが)・真南蛮(まなばん)・寸門多羅(すまとら)・佐曽羅(さそら)
五味とは甘・辛・酸・苦・鹹(しおから)です。

お香作りにおいても、この五味はとても重要で調合の際にはかなり意識して製作します。

前編まとめ

水中に沈む幻の香木「沈香」について【前編】はいかがでしたでしょうか?
同じ産地や場所で採れた沈香であっても、同じ香りというわけではありません。
人間のように個性も様々、千差万別なのです。
産地以外にも、沈香が生まれるまでの時間や熟成度も違い、それによって香りも違ってくるのです。
「沈香」の奥深さ、少しはお伝えできたでしょうか?
【後編】では希少な沈香のもたらす効果や、貴重な沈香の香炉などのご紹介を致します。
ぜひお楽しみに!

-香話